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【ディスコファッション激闘史】「サタデー・ナイト・フィーバー」から40年…女子大生は「聖子ちゃんカット」にハマトラ

  • 芸能
2018.05.15

★(2)

 時は1978年。「サタデー・ナイト・フィーバー」のヒットで新宿歌舞伎町や渋谷、上野、池袋といった東京の繁華街にディスコが次々とオープン。第1次ディスコブームの到来である。

 日本でも75年、VANと人気を二分していたブランドのJUNの提供でアメリカの人気ディスコ番組「ソウルトレイン」が土曜深夜に放送されていた。

 ともかくディスコは一部のおしゃれな若者の遊び場から、社会人や大学生、女子大生やOLが踊りに来る場所になったのだ。当時は「土曜の夜にフィーバーしちゃう?」なんて恥ずかしげもなく言っていたのである。

 80年代に入ると、ディスコブームは進化する。サーファーディスコブームの到来だ。

 70年代後半~80年代前半は、雑誌「ポパイ」や「JJ」の影響で、「なんとなくクリスタル」な大学生にサーファーファッションが大流行する。サーフィンはやらないがサーファーファッションの「陸(おか)サーファー」が増えはじめた。

 当時、陸サーファーたちに人気だったのが地下1階から10階まですべてディスコだった六本木の「スクエアビル」。なかでも「キサナドゥ」は人気だった。新宿の「東亜会館」、渋谷の「キャンディキャンディ」も人気があった。

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